国立感染症研究所 概要
Ⅰ.沿革
終戦直後、我が国の衛生状態は極度に悪化し、結核、腸チフス、赤痢、ジフテリア、日本脳炎、寄生虫病等多数の感染症がまん延していた。又、外地から本来我が国にはない感染症も多く持ち込まれ、感染症対策は新しい日本の安全、安心な社会を作るため国の最重要課題となった。1947(昭和22)年、厚生省所管の(i)感染症に関わる基礎、応用研究と(ii)抗生物質やワクチン等の開発及び品質管理のために国家検定を行う厚生省附属試験研究機関として国立予防衛生研究所(予研)が設立された。これが国立感染症研究所の前身である。
研究所の起源は1892(明治25)年に設立された私立衛生会附属伝染病研究所(初代所長北里柴三郎)にさかのぼる。研究所はその後内務省所管の国立伝染病研究所となったあと、更に文部省に移管され、東京帝国大学附属伝染病研究所(伝研)となった(1916年 : 大正5年)。研究所は名称も所管も変遷をたどったが一貫して我が国の感染症研究の中心的役割を果たしてきた。
研究所の発足には、伝研所員たる教授、助教授の半数が予研所員として参加した。当初、庁舎は伝研庁舎内に設置され、3 部 (研究部、検定部、試験製造部)と庶務課で業務を開始した。1950年代に入り、厚生省組織規程のもと、その組織は細菌、ウイルス・リケッチア、結核、血清免疫、抗菌性物質等12研究部に拡大された。1955 (昭和30) 年には伝研から品川区上大崎の旧海軍大学校の跡地 (品川庁舎) に移転した。残った伝研もその後発展を重ね、1967 (昭和42) 年東京大学医科学研究所に改組された。
1958(昭和33)年に発生したポリオの大流行に対処するため、試験製造及び検定業務の施設が緊急に必要となり、1961(昭和36)年武蔵村山市にワクチン検定庁舎(村山分室)が新築された。さらに村山分室には、1963(昭和38)年にウイルス中央検査部が、また1965(昭和40)年に麻疹ウイルス部が新設された。さらに1981(昭和56)年に世界で5番目の施設として高度安全実験室(P4=BSL4)が完成したが、地元住民の要望等を踏まえP4レベルの実験稼働には至らなかった。
1978(昭和53)年には検定・研究に必要な品質の一定したサルの供給を目的として、茨城県つくば市に筑波医学実験用霊長類センターが支所として設置された。
国立予防衛生研究所のあり方に対する答申(1984(昭和59)年、8.25)等に基づき、研究部門と品質管理部門の分離等を考慮の上、組織の全面的見直しが行われ、1992(平成4)年秋には品川庁舎から現在の新宿区戸山(戸山研究庁舎)に移転した。一方、品質管理部門(ワクチン、血液製剤等)は村山分室に集約された。この間、1988(昭和63)年には新たな感染症としてのエイズ問題に対処するため、エイズ研究センターが新設された。
1997(平成9)年1月には国立多摩研究所が当研究所の支所となり、ハンセン病研究センターとして新たなスタートを切った。その年の4月には、研究所の設置目的をより鮮明にするため、その名称を国立感染症研究所に改名した。同時に、我が国の感染症の発生を一か所で把握し迅速な対策を可能とする目的で、感染症疫学部が感染症情報センターに改組された。
2002(平成14)年4月には、厚生労働省が進める21世紀に向けた厚生科学研究の総合的推進に基づく試験研究機関の重点整備・再構築の一環として、研究体制を整備し、研究の促進、充実を図るために組織の改組が行われた。口腔科学部のう蝕室・歯周病室が国立保健医療科学院に集約され、食品衛生微生物部が国立医薬品食品衛生研究所に移管された。
2005(平成17)年4月には、遺伝子資源室・筑波医学実験用霊長類センター及び獣医科学部の一部が独立行政法人医薬基盤研究所へ移管された。10月には、病原体ゲノムに関する研究の拡充を図るために、遺伝子解析室が病原体ゲノム解析研究センターへと改組された。
2007(平成19)年4月には生物学的製剤及び抗菌性物質製剤の国家検定・検査における成績の総合評価ならびに検定・検査に必要な標準品の管理評価をするため、検定検査品質保証室が新たに発足した。
2009(平成21)年4月には、インフルエンザウイルスに関する研究の拡大、発展を図るため、インフルエンザウイルス研究センターが発足した。それに伴いウイルス第3部が改組され、インフルエンザ以外の呼吸器ウイルス感染症を扱う。またハンセン病研究センターにおいては基礎研究から応用研究へ一体化した効率のよい研究体制を敷くべく病原微生物部と生体防御部が発展、統合し、感染制御部となった。
2013(平成25)年4月には、真菌研究の重点化を図るため生物活性物質部を真菌部に改名した。また、疫学機能を強化していくために感染症情報センターを感染症疫学センターと改名した。
2014(平成26)年4月には、製造・試験記録等要約書の審査を新たに国家検定に取り入れたこと、及び生物学的製剤の品質保証面におけるWHO等への国際協力機能などを強化するため、検定検査品質保証室と放射能管理室の2つの室からなる品質保証・管理部が設置された。
2015(平成27)年8月には、村山庁舎のBSL4実験施設が国内で初めて法律に基づき特定一種病原体等所持施設として厚生労働大臣の指定がされた。
2017(平成29)年4月には、院内感染症対策サーベイランス事業(JANIS)の強化とともに薬剤耐性に関する包括的なシンクタンク機能を担う組織として薬剤耐性研究センターが新設された。それに伴い細菌第二部が改組され、同部では日和見感染症及び薬剤耐性菌研究・抗生物質品質管理機能を同センターに移し、呼吸器系細菌感染症、毒素産生細菌感染症を扱うこととなった。
2018年(平成30)年4月には、薬剤耐性研究センターに従来の七室に、第八室が追加された。
2019(令和元)年7月には、法律に基づき特定一種病原体等を外国から輸入することについて厚生労働大臣から指定を受け、9月にそれらの病原体等を輸入し所持した。
2020(令和2)年4月には、バイオセーフティ管理室と動物管理室が、安全実験管理部として統合された。
また、感染症疫学センターの危機対応関連部門、病原診断部門、講習部門を分離し、新たに感染症の危機管理部門を担う組織として感染症危機管理研究センターが設置された。
品質保証・管理部に従来の二室に、情報管理部門の第三室が追加された。
2021(令和3)年4月には、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延を踏まえ、危機管理体制を強化のため以下のような組織再編があった。
インフルエンザを含む急性呼吸器ウイルス感染症研究の強化と重点化を図るため、インフルエンザ研究センターがインフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センターに改組された。
また、予防薬及び治療薬に関する研究を強化していくため、免疫部を治療薬・ワクチン開発研究センターに改名した。
ウイルス第三部に従来の三室に加え、従来の四室の機能の一部が、インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センターに移され、新たにワクチン国家検定強化等のため新たな第四室と第五室が追加された。
安全実験管理部は従来の二室を戸山庁舎と村山庁舎に分割して四室とし、病原体バンクを担う第五室から第七室が追加された。
研究企画の機能を強化するため、企画調整主幹から研究企画調整センターを新設し、センター内に二室が設置された。
感染症疫学センターは従来の六室に、第七室から第十四室が追加された。
感染症危機管理センターは従来の五室に、第六室から第八室が追加された。
自治体や国と連携しての実地疫学調査を強化し、研究ならびに講習を行うことをつかさどる実地疫学研究センターが新設された。
2022(令和4)年4月には、血液・安全性研究部が次世代生物学的製剤研究センターに名称変更し、従来の四室に加え新たに第五室が設置された。
また、獣医科学部に従来の3室に加え新たに第四室が設置された。
病原体ゲノム解析研究センターにおいて、従来の三室に加え新たに第四室が設置された。
2024(令和6)年4月には、品質保証・管理部が品質管理研究センターに、安全実験管理部が安全管理研究センターに名称変更した。
2023(令和5)年5月31日、国立健康危機管理研究機構法が成立し、2025(令和7)年4月1日、政府に科学的知見を提供する新たな専門家組織として、感染症等の情報分析・研究・危機対応、人材育成、国際協力、医療の提供等を一体的・包括的に行うべく、研究所と国立国際医療研究センターが統合し「国立健康危機管理研究機構(JIHS:Japan Institute for Health Security)」が新設された。JIHSは世界トップレベルの感染症総合サイエンスセンターとして、感染症をはじめとする様々な疾患、健康危機に対応することが求められており、その中で研究所は、国立感染症研究所として重要な役割を担うこととなった。また、新組織発足に伴い、研究所が長らく行ってきたワクチンや血液製剤等の国家検定の総合判定機能が、研究所から独立してJIHS内に設置された検定部に移管された。しかしながら、感染症対策に関わる医薬品の品質試験機能を維持しつつ、それら医薬品の品質確保に貢献すること、また、WHOが主導する国際的な枠組みの中で研究所が従来から任なってきた我が国のNational Control Laboratoryとしての役割は、継続することとなった。
Ⅱ.業務の概要
JIHSは「 感染症その他の疾患に関する調査・研究の実施や医療の提供を通じて安心できる社会の実現に貢献する」をミッションとして、4つの機能-①情報収集・分析・リスク評価機能、②研究・開発機能、③臨床機能、④人材育成・国際協力機能が求められている。国立感染症研究所は、この4つの機能のうち感染症の①情報収集・分析・リスク評価機能と②研究・開発機能において中心的役割を担うとともに、④人材育成・国際協力機能においても貢献が期待されており、当研究所が、これまで培ってきた感染症研究機能、疫学公衆衛生対応機能、生物製剤の品質管理や安全管理機能、国際協力・人材育成機能など、すべてが重要な機能となってくる。これらの機能は[1]研究業務、[2]感染症のレファレンス業務、[3]感染症のサーベイランス業務、[4]検査業務、[5]国際協力関係業務、[6]研修業務、[7]アウトリーチ活動等の業務として、今後も継続して実施するとともに、さらに強化・発展させていくこととなる。
(1)感染症に関わる基礎・応用研究
感染症に関する基礎・応用研究を行っている。特に新興・再興感染症として位置づけられている疾患及び旧来より存在する重要疾患の病原体の分子生物学解析及び感染症の感染免疫動態・病態の解析に加え、それらの検査・診断法、治療法及びワクチン等の開発・応用研究を主たる課題としている。粘膜ワクチンや核酸ワクチンを含む新しい発想のワクチン開発研究にも積極的取り組みがなされている。また、近年感染症をとりまく環境も大きく変化している。国際交通網の発展に伴う訪日外国人の増加、気候変動及び地球温暖化の影響、人獣共通感染症や薬剤耐性菌感染症の増加などがあげられる。このため、感染症研究所が取り組むべき課題はさらに広範囲となっている。
(2)感染症のレファレンス業務
国立感染症研究所のレファレンス業務は、感染症に関する検査実施、ならびに正確な病原体検査に必要なすべての活動である。具体的には、病原体等(病原微生物及びそれらの産物、寄生動物、媒介動物)の保管、分与、感染症の診断・検査や疫学調査等に用いる試薬の標準化及び標準品の製造・分与、専門技術者の教育、検査精度の評価、情報交換等である。
感染症レファレンス活動を円滑に運営するためにレファレンス委員会が設置され、地方衛生研究所等と連携して感染症の制圧を目的とした活動を行っている。JIHS設立以降、さらに、地方衛生研究所との感染症に関する科学的および技術的な連携を発展させるとともに、研修の提供、人材交流などを進めて、地域の感染症専門家人材育成に貢献する方針である。
(3)感染症のサーベイランス業務と感染症情報の収集・解析・還元と提供
我が国のサーベイランス事業の一環として、全国の地方衛生研究所からの病原体検出報告及び感染症法に基づく定点診療所等からの患者発生状況を当研究所で集計評価し、その結果を週報(IDWR)及び月報(IASR)として国民に還元・提供している。2025(令和7)年4月からは、新たに急性呼吸器感染症(ARI)サーベイランスが開始された。更に感染症の流行や集団発生時においては、その疫学調査、ならびに外国の感染症情報機関と情報の交換を行う。実地疫学専門家養成コース(FETP-J)を開催し、全国に修了者の輪を広げることにより、効果的な疫学調査ができるようになることを意図している。これらの業務をより有効に推進する中核的組織として、1997(平成9)年4月には感染症情報センターが設置され、疫学機能の強化のため2013(平成25)年4月に感染症疫学センターと改名した。2021(令和3)年4月にはFETPも実地疫学研究センターとして独立し機能強化を図っており、その後も、実地疫学研究機能と国内外のFETPネットワークの強化を進めている。
(4)生物学的製剤、 抗生物質医薬品等の検査・品質管理に関する研究
(1)予防、治療及び診断に関する生物学的製剤、抗菌性物質及びその製剤、消毒剤、殺虫剤並びに殺そ剤の生物学的検査及び試験的製造並びにこれらの医薬品及び医薬部外品の生物学的検査に必要な標準品の製造を行っている。また、最新の知見に基づく新たな試験法の開発や試験法の改良など、生物学的製剤や抗生物質医薬品等の品質管理に関する研究も行っている。
(2) 生物学的製剤や抗生物質医薬品等について、行政上必要な検査に加え、一般の依頼による検査も行っている。
(5)国際協力関係業務
公衆衛生上大きな脅威である新興・再興感染症への対応のため、世界規模での情報提供、研究・技術面での国際貢献、WHOや国内外の研究機関等との連携調整を行っている。2003年以降、中国、韓国、インドネシア、ベトナム、インド、モンゴル、タイ、台湾等の感染症研究機関との研究協力に関する覚書を締結するとともに、「日中韓感染症フォーラム」などの開催、共同研究事業などを進めている。
WHO 指定センター・WHO レファレンスラボラトリー
- 日本脳炎世界特別専門ラボラトリー(ウイルス第一部)
- エンテロウイルス協力センター(ウイルス第二部)
- ポリオ世界特別専門ラボラトリー(ウイルス第二部)
- ポリオ地域レファレンスラボラトリー(ウイルス第二部)
- 国内ポリオラボラトリー(ウイルス第二部)
- 麻疹・風疹世界特別専門ラボラトリー(呼吸器系ウイルス研究部、バイオインフォマティクス・オミクス研究部)
- WHOインフルエンザ協力センター(インフルエンザ研究センター)
- WHO国内インフルエンザセンター(インフルエンザ研究センター)
- H5インフルエンザレファレンス研究室(インフルエンザ研究センター)
- 重要品質規制研究室(インフルエンザ研究センター)
- 生物学的製剤の標準化、評価に関する協力センター(品質管理研究センター)
- ヒトパピローマウイルス西太平洋地域レファレンスラボラトリー(病原体ゲノム解析研究センター)
- WHO薬剤耐性動向監視・研究協力センター(薬剤耐性研究センター)
- ハンセン病薬剤耐性拠点監視事業指定レファレンスラボラトリー(ハンセン病研究センター)
- WHOコロナウイルスネットワーク(CoViNet)レファレンスラボラトリー(インフルエンザ研究センター・呼吸器系ウイルス研究部)
(6)研修業務
海外技術研修員に対してはエイズ、ポリオ及びハンセン病等に関する集団技術研修や、その他個別研修を実施している。また、国内の研究機関、保健行政機関等の職員に対して、感染症の危機管理に関する知識の普及や検査診断に必要な知識や実技の習得を目的とした研修事業も企画・実施している。研究所では、毎年延べ2,000人を超える研修の受講者がおり、人材育成に努めている。
(7)アウトリーチ活動
戸山、村山庁舎でそれぞれ年に一度、国立感染症研究所の一般公開を行い、来場者に感染研の存在意義と感染症に対する理解を深めてもらい、かつ、研究者と来場者との交流の促進を図っている。また、一般市民を対象とした、感染症を分かりやすく伝える市民公開講座を毎年開催しており、過去の講座の動画を「感染研チャンネル」として、YouTubeで公開している。
Ⅲ.施設
当研究所は、設立当初東京大学附属伝染病研究所(現東京大学医科学研究所)の庁舎で業務を行っていたが、昭和30年、品川区上大崎の海軍大学校跡に移転した。その後、武蔵村山市内に昭和36年ポリオワクチン検定庁舎延1,483m2を新築、同40年麻疹ウィルス部庁舎延1,107m2、同51年風疹ワクチン検定庁舎延280m2、同55年高度安全実験室延1,049m2が増築された。さらに、つくば市に昭和53年から支所として筑波医学実験用霊長類センターが敷地91,599m2に建物延10,083 m2の規模で建設された。
平成4年10月、研究部門を新宿区戸山の敷地19,112m2に建設した建物延31,698m2(予研専用面積12,511m2)の国立健康・栄養研究所、国立医療・病院 管理研究所との合同の研究庁舎に、検定及びこれらに関する研究部門を武蔵村山市にある村山分室敷地19,808m2に建物延10,972m2の検定関係庁舎を建設して移転した。平成9年1月、ハンセン病及びその他の抗酸菌症の研究を行う場として東村山市にハンセン病研究センター(敷地面積:17,186.86m2、建物延べ4,630m2(研究庁舎3,763m2))を設置した。
平成17年4月に、筑波医学実験用霊長類センターが独立行政法人医薬基盤研究所へ移管された。
平成20年8月に、インフルエンザウイルスに関する研究を行うための9号棟(延 4,639 m2)、及び平成24年3月に10号棟(延912 m2)が新築された。
<参考>
平成24年4月現在、各キャンパスの概要については、次のとおりである。
戸山本部キャンパス(東)(敷地面積18,123 m2、建物延面積31,740 m2)
村山キャンパス(敷地面積19,748 m2、建物延面積25,756 m2)
多摩キャンパス(敷地面積17,211 m2、建物延面積4,755 m2)


